自分が好みのタイプの競艇
Tさんの「パリの料亭」という本のタイトルには“料亭”に、“れすとらん”というルビがふられている。
パリの名だたるレストランで食事をされた経験のある方ならおわかりだろうが、パリの最高級レストランと日本の名だたる料亭とはいささか趣が違う。
最も大きな違いは、食事する場の形態で、通常、フランスのレストランでは個室ごとに料理がサービスされることはありえない。
全員がひとつの食堂の中で食事をする。
目本の料亭では、客の出入りすら客どうしが顔を合わせることがないように配慮する。
だから「パリの料亭」というタイトルに違和感を覚えるのだが、「タイユヴァン」は唯一、”料亭”という言葉がしっくりとおさまるレストランなのである。
フランスでは、レストランは大人のための食事する場所だが、その中でも最も。
大人”の雰囲気をたたえたレストランである。
フランス語には、雰囲気に当たる言葉がふたつあって、ひとつはキャードル、もうひとつはアンビアンスという。
キャードルは内装や什器が醸し出す雰囲気、アンビアンスは人がっくり出す雰囲気のことで、「タイユヴァン」はこの両者がともにシックなのである。
料理も、それに見合って、とても洗練されていて質が高い。
いっときまえまで、どの料理も塩辛く、ソースが重いといわれていたが、料理長のドゥリーニュが引退して、J仕込みの若い料理人がシェフに就くや、ソースはがぜんキレがよくなって、塩辛い料理が姿を消しか。
クラシックをベースに輪郭のはっきりした料理であることに変わりはないが、野菜料理がメニューにふえつつあるのは、やはり時の流れも考えてのことだろう。
サービスは、以前から、フランス随一との誉れが高い。
当分は、パリの名料亭の地位は安泰である。
まだアランーシャペルが元気だった頃、わたしは、フフンスヘやってくるたび、必ず四軒のレストランをまわった。
そのうちパリが二軒で、「ジャマン」と「ランプロワシー」、そのどちらかで食べたあとフランス新幹線のTGVに乗ってリヨンまで出かけ、リヨンの北東約二十キロのところにあるミョネー村の「アランーシャペル」へ行った。
シャベルの店はオーペルジュといって宿屋を兼ねたレストランだから、ここではいつも泊まって食べた。
翌朝、早めの朝食をいただくと、リヨンまでタクシーを飛ばし、リヨンから特急列車に乗ってジュネーブへ向かう。
これでジサ不Iヴヘは昼少しまえに着く。
今度はそこで乗り換えて、ローザンヌへ。
ローザンヌからはタクシーで十五分ほどのところにあるクリシェへ急げば「ジラルデ」の昼食に間に合うという寸法だ。
「ビフルデ」ではゆっくりと食事してからジュネーヴまで戻り、ジュネーヴから飛行機でパリヘ戻る。
戻った翌日、パリの食べ残してある一軒へ出かけて、上がりというわけである。
この四軒のレストラン巡りを、名づけて「フランス料理」の“グランドスラム”と呼んだ。
この“グランドスラム”は、シャベルが亡くなった九〇年の春まで続いたのだが、毎回、四軒のレストランを続けて食べていると、それぞれのシェフの個性がくっきりと浮かんできて、フランス料理の面白さが一段と増してゆくようだった。
例えば、アランーシャペルの料理というのは、リヨンの片田舎のレストランで出すものだけに、盛りつけからしてあくまで“自然であること”がモットーだった。
パリで食べる料理というのは、どの皿も都会的に洗練されていて、食べ手にある種の緊張感を与えるのだが、シャベルの皿の上には、いつも、そよ風が吹いていた。
そうして、いつでも食べ手に満足感を与えながら、懐の深さを感じさせた。
パリのJの料理は、一回食べると強烈な印象を受けて、それが1ヵ月くらい頭から消え去らないのだが、シャベルの料理は、それを昧わって店をあとにし、列車に乗る頃には、もう「ああ、またここへ来てシャベルの料理が食べたい」と思わせる力があった。
言ってみれば、棒高跳びの天才ブブカのように、食べるたびにバーをIセンチずつ高くしていったようなものだ。
人を決めて店へ通うというのは、料理人が客である食べ手を意識して料理をつくるということでもある。
シャベルは、いつでもメニューから好きなものを選べばいい、といっていたが、ジラルデはそれを許さない。
わたしが店でいただいた料理がすべてファイルされていて、必ずいままで食べたことのない料理を出してくる。
ここいらは、日本料理店に共通するものがある。
「ランプロワシー」のベルナールーパコオは、新作をつくり上げると真っ先に食べさせてくれ、批評をきく。
これが、Jとなるとちょっと違う。
「すでにどこの店で食べてきたのか」「あとどの店へ出かけるのか」といった問いかけは、他の三人もするのだが、Jだけはそれによってメニュー構成を変えたのである。
つまり“グランドスラム”の初日に「ジャマン」で食べるのと、最終日にいただくのとでは、料理の内容を違えてみせたのだ。
これから。
グランドスラム”の旅へ出ようとする初日に「ジャマン」を訪れると、これでもかというような強烈パンチの利いた料理を組み合わせて出してくる。
このあとどんなに素晴らしい料理がシャベルやジラルデで出てこようが、Jの印象が消えることのないような料理なのである。
ところが、三軒のレストランをまわったあと「ジャマン」へやってくると、いつもの押しの一手の料理でなく、引き技を見せてじつに爽やかな印象を残す。
三軒の偉大なレストランを続けて食べたあとでも、Jの料理ならすっきりと胃袋に収まってしまう、と。
わたしは”グランドスラム”を通じて、Jの料理の変幻自在を知った。
Jの料理をひとことでいうなら、“正確、緻密、清潔”だろうか。
その格好の例が「トリュフのタルト」である。
トリュフを自ら考案したステンレス製のカンナで薄切りにし、その一片一片を丸いサークルで型抜きする。
それを円錐状に寸分狂わず並べ、形を整えておく。
台として薄く焼上げたパートを敷き、その上へ、ベーコンと玉ねぎを和えて炒めたものをのせ、さらにその上にトリュフの円盤を置いて、サラマンドル(オーヴン)で上面からだけ熱を加える。
加熱されてトリュフの香りの出てきた頃合いを見はからって取り出し、トリュフの薄片の上へ粗塩を一粒一粒ピンセットでのせて出来上がり。
トリュフが悩殺的な香りを発散し、ベーコンととりわけ見事な相性を見せる。
アイデアが味に結実していて、そのレベルが極めて高い。
Jならではの逸品である。
わたしは、これをはじめて食べたとき、あまりの美味しさに、頬がゆるむどころか笑い出してしまった。
そして、Jにそのことを伝えたあと、ひとこと尋ねた。
「トリュフにベーコンが合うなんて、どんなところから思いついたの?」「はっはっは」と笑ったあとの、かれの答えはこうだった。
「トリュフはいったい誰が探す?」「豚!」わたしは、なあるほど、と言ったまま二の句がつげなかった。
「トリュフのタルト」に限らず、Jの料理は、どの皿も精妙を極めたものばかりだから、客に出せる数には限度がある。
したがって、レストランの座席数はわずかに四十五席、この席めがけて世界中から予約が殺到する。
夜は二ヵ月先でも満席、昼は1ヵ月先でないと予約がとれないほどである。
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